筆者はほぼ全盲になって2年ほど経つが「自筆で文字を書く」ことがほぼ無くなった。
必要に迫られても大抵は代筆をお願いしているし、せいぜいクレジットカードの署名を書く程度。サインガイドを使えば、名前くらいはまだ書ける(はず)それ以外で自筆で漢字は書かない。
文章を読む時はスクリーンリーダーを使い、音声で情報を得る。
この時も基本的には漢字を意識することはほとんどない。一部の固有名詞でどのような文字が使われているか疑問に思うことはあっても、よほど気にならない限り調べることはしない。内容が理解できれば、それがどのような漢字なのかは気が向いたら調べる程度。これはMacのVoiceoverが漢字の詳細読みに対応していないことにも起因していると思う(言い訳)。いや、調べた方がいいとは思うのだけどね。「スクリーンリーダー訛り」とも言える変なクセがついてしまうので危険なのだ。この話はまたの機会に。
そして本題というか問題は、スクリーンリーダーで「文字を書く」場合。
自分用のメモならまだしも(事実かなり適当にかくことが多い)、SNSやブログ、ましてや仕事の原稿を書く場合は、どうしても漢字の使い方を意識しなければならない。
「晴眼者にも読みやすい配慮」が必要、というわけだ。
パソコンで日本語入力を行うには、かなを入力してスペースバーを押し、変換候補を選択する。この手順はスクリーンリーダーでも通常の操作と変わりはない。
だが一般ユーザーが変換する漢字を目視で選択・決定するのに対し、スクリーンリーダーでは変換候補に出てくる漢字の説明(詳細読み)を音声で確認して漢字を決定する。
たとえば「げんこう」と入力すると、このような候補が読み上げられる。(macOS標準IMEの例)
原稿 げんいんのげん,はら、げんこうようしのこう
現行 げんじつのげん,あらわれる、りょこうのこう,いく
減光 げんしょうするのげん,へる、ひかり,にっこうのこう
元寇 げんきのげん,もと、もうこしゅうらいのげんこうのこう
この説明を聞いて、入力したい漢字を選びながら、文字を決定していくのである。この詳細読みは「田町読み」と呼ばれており、多くのスクリーンリーダーに採用されている。
ちなみにmacOS Mojaveではバージョン10.14.2まではこの変換候補を一切読み上げないという恐ろしいバグが発生していた。現在(10.14.3)では不完全ながら復旧済み。詳細読みが行われない絶望感を理解いただけるだろうか。
あ、話が逸れた。
基本的にはこの詳細読みを使えば漢字の入力は問題なく行える。
筆者は数年前までは見えていたのでそれなりに漢字の「字形」をイメージしながら日本語入力している。詳細読みを聞きながら「ああこれこの字ね」と調子よく入力するわけなのだが、たまーに困るのが「詳細読みを聞いてもピンと来ない漢字。そういう場合はその漢字が脳内でイメージできていないことが多い。要するに忘れているのである。もちろん字形が思い浮かばなくても説明だけで判断できるものもあるが、微妙な漢字も結構ある。
知っているはずの漢字なのに思い出せない。「目で見られれば絶対思い出す」パターンがもどかしい。忘れたわけではない。思い出せないのだ。もうアラフィフですから。
巷では手書きの機会が減ることで漢字を忘れる人々も多いようだが、筆者はその日ではないようだ。さらに視覚的に漢字を認識できなくなったことで、漢字忘れのスピードが加速しまくっているのかもしれない。
まあとにかく、変換した漢字が正解なのか、確認する手段が欲しい。視力があれば一発でわかる「字形」を、スクリーンリーダーで確認する手段ってあるのだろうか。はてさて。
あれこれ考えた結果、Webb上にある「漢字辞書」が使えそう、と思い調べてみる。
確かに多くのWeb漢字辞書サイトには「書き順」の解説が掲載されているのだが、調べた範囲では全て画像もしくはアニメーションで表現されており、スクリーンリーダーで利用することはできなかった。がっかり。
そんな中「漢字辞典オンライン」というWeb辞書を発見。
ここでは書き順の説明はないが、その漢字を構成するパーツを分解して説明する項目が用意されている。ラッキーなことに音声読み上げも可能だ。。
たとえば「懸念」の「懸」という漢字を検索してみると、
- 懸
- 縣 心
- 県 系 心
- 県 丿 糸 心
という具合に漢字の要素を少しずつ分解して解説してくれる。
なかなかわかりやすいが、この説明だと分解された各パーツの位置関係がわからないのと、漢字によっては読み上げられない画像が用いられているので、オールマイティには使えなさそう。惜しい。
そこでもう少し調べてみると、田町読みの製作に関わった新潟大学工学部福祉人間工学科、渡辺研究室のページに「漢字の構成読み」というデータが公開されていることを発見した。これは視覚障害者の要望を受けて開発された、漢字のパーツと位置関係を説明する詳細読みデータである。まさに探していたそのものではないか!
Excel形式で公開されているデータをダウンロードして開き、先ほど例に挙げた「懸」を検索してみると、
・ (県の右に系(の下に心
という説明がヒットした。Web辞書と比べると「系」のパーツが分解されていない者の、パーツの位置関係がしっかり説明されているので漢字の形を頭にイメージできる。
視覚障害者が漢字をイメージする手段として、漢字の分解と位置関係の説明は、特に中途失明者にはかなり有効な手段に感じた。
パーツの形がわかれば、未知の漢字でも字形を思い浮かべることができそうだ。つまり見えなくても新しい漢字をマスターできる、という事実。実際「懸」なんて多分見えてた頃はかけなかったと思うけど、今なら字形がわかる。見えていた頃の自分にも教えてあげたいくらいだ。
この研究の論文(抄録)によれば、構成読みによる漢字の想起率は非常に高かったという。ちょっと納得。
ただ調べるたびにExcelシートを開いて検索するのは、やや手間に思える。もっと簡単に検索する方法があるのかな。現時点では手軽さではWebが上なので、Webで調べて解決しなければ「漢字の構成読み」を当たる、という手順が良さそう。
いちおう物書きの端くれとしては、漢字の記憶はできるだけキープしておきたい。これらの手段でマメに確認するクセをつけておきたいところだ。
「漢字」と視覚障害者の関わりは考えてみると興味深いテーマに思う。
中途失明者である筆者は、見えていた頃の記憶を元に漢字を「形」から連想するクセが残っているため、ここで挙げたような方法がしっくりくるわけだが、視力を失った時期によっては、漢字との対話方法も違ってくるのかもしれない。