2019年11月29日金曜日

そのゲームオプションは誰のためのもの?「ポケモン」最新作の、とあるアイテムが論議を呼ぶ。



先日リリースされた、Nintendo Switch版ポケモン最新作「Pokemon Sword and Shield」。全世界から注目を集めている超人気作品だが、このゲームにまつわる、とある「オプション設定」の扱いに関して、ちょっとした、でもアクセシビリティ的には重要な騒動が巻き起こっている。
そのオプションは、ゲームの中に登場するNPCに話しかけ、「Hi-tech earbuds」というアイテムを入手することでアンロックされ、利用できるようになるという。問題は、そのオプションが「サウンドのバランス調整」であるということだ。


このオプションはBGMや効果音など、サウンド出力のバランスを細かく設定できるもの。本来なら聴覚に障害があったり、音に大して過敏なユーザーのために用意されるオプションだが、それがなぜ初めから利用できないのか?というわけだ。

例えばBGMと効果音が同時に再生されると音の判別が難しかったり、大きな効果音が刺激になるようなユーザーも少なく無い。難易度設定が増えるなどより高度なプレイヤーのための機能がロックされているなら理解できるが、このようなアクセシビリティに関わる設定がロックされているのは、どのような意図があるのだろうか。
場合によってはこのようなサウンドオプションを必要とするユーザーが、このオプションに気づかずに不快な思いをしながらプレイを余儀なくされる可能性もあるだろう。

この話題を目にして思い出した記事がある。2019年3月にGamerevolutionが掲載した、アトラスのリズムゲーム「Persona Dancing: Endless Night」のアクセシビリティ・オプションのロックに関するものだ。


この作品では、少ないボタン数でゲームをプレイできるオプションや、スクラッチ操作をオート化する機能が初期状態でロックされており、標準の設定である程度ゲームを進めなければこれらのオプションへアクセスできない仕様になっている。
このような「ゲームの操作を簡素化する」オプションは、手や指を自由に動かせないプレイヤーが、外部スイッチなどを用いてゲームを楽しめるように用意されるもので、一般プレイヤーの「ご褒美」的な扱いをされるべきではないように思う。一般のゲーマーにとってはゲームを簡単にする「おまけ機能」なのかもしれないが、一部の障害者にとってはプレイに必要不可欠な機能だからだ。

なぜ、このような問題が発生してしまうのだろうか?
もともとは障害を持つゲーマーのために用意されたオプションが、実は一般ゲーマーにも有益だった、ということはよくある。ボタン配置のカスタマイズなどは良い例だろう。
それがやがて「一部の一般ゲーマーのためのオプション」として認識されるるようになり、本来そのオプションが必要なユーザーの存在が忘れられた結果「ポケモン」や「ペルソナダンシング」のような問題を生んでいるのではないだろうか。障害を持つユーザーにとって切実なオプションが、健常者の一方的な価値観で「おまけ」扱いにされているように見える。

もし「障害を持つゲーマーもプレイする」ことが意識されていれば、違った結果になっていただろう。せっかくアクセシビリティを高めるオプションが用意されていても、必要なユーザーがそのオプションへアクセスできなければ何の意味もない。アクセシビリティに関わるオプションは、いつでも誰でも容易にアクセスできるように設計されなければならない。

ゲーム制作側は障害者はゲームをプレイしないと思い込んでいるのかもしれない。だがそれは違う。プレイできるゲームが無いからプレイしないだけなのだ。ニーズは確実に存在するし、この現状を掻い潜って果敢にプレイする障害当事者や、それを支援する人々も少なからず存在する。

ゲーム業界は、少しずつだが確実にインクルージョンを意識しつつある。先日もMicrosoftはXboxのゲーム開発者むけにアクセシビリティのガイドラインをリリースした。この動きが多くのメーカーに浸透し、これまでゲームから排除されていた多くの人々が楽しめるような作品が1本でも多くリリースされることを望みたい。

2019年11月28日木曜日

「脳直インプラント」人工視覚で、盲人は何を「見る」のか?


視覚障害者の体内に埋め込み視力を回復させる「人工視覚」。
この言葉から、どのようなイメージを抱くだろうか。まるでSF小説に出てくるサイボーグのような未来的なものを想像するかもしれない。だが人工視覚は、今現在進行中の技術であり、すでに実用段階に突入した製品もある。

そのような人工視覚技術の一つ、「Orion」は、脳に埋め込まれた電極とスマートグラスを接続し、人工的に視力を回復させる、現在研究中のデバイスである。網膜に電極を埋め込むタイプの人工視覚はすでに実用化されているが、網膜の奥にある視神経などが原因で失明した患者には効果がない。
そこで「orion」は、眼球や視神経を一気にバイパスし、脳の視覚を司る部分を直接刺激することで視覚を実現しようとしている。人間が者を見る仕組みを考えると、最終的には「脳」にたどり着くわけで、ある意味「究極の人工視覚」ともいえる。極端な話、中途失明であれば眼球を摘出した患者でも原理的には同じ高価が得られるという。

現在Orionは、6人の被験者に大して実証実験を行なっており、そのうちの1人、Esterhuizen氏の体験が記事として公開されていた。Orionについては以前、海外記事を翻訳したものをエントリーしたが、実際にどの程度の者が見えるのか?という部分についてはよくわからなかった。
今回の記事では、その謎が少しだけ判明したのでまとめてみよう。

  • 電極は脳の片方にのみ埋め込まれているので、見えるのは片方のめだけ。
  • 60個の電極1つ1つの強さを、被検者ごとに数ヶ月に渡り調整する。
  • 電気刺激によって感じられるのは、光の点。色や形はわからない。動きはわかる。
  • 被検者はカメラの映像と感じる光の関係をトレーニングする。点字を読むのに似ている?
  • 見える点の解釈により、光の強さ、物体の動き、ある程度の奥行きを判別できる。
  • 人物や物体は初め1つの点として感じられ、近づくと複数の点が見える。

という感じのようだ。
これを読む限り現在Orionで見ることができるのは、目で見るような自然なビジョンではなく、人工的に生成された「光の点」に過ぎない。
被検者はカメラからの映像を元に感じ取る光の関連性をトレーニングし、その結果シンプルな光で者や道路の境界線を識別したり、自動車などの障害物を避けたりできるようになる。
つまり全く新しい「視覚の解釈」を学ぶことで、視力を獲得していくということだ。Orionで見る世界は晴眼者のそれとは、風景も機能も全く異なるもののようだ。

「人工視覚」という名前を聞くと、どうしても晴眼者と同じような視力が戻るかのような想像をしてしまいがちだが、そのようなクオリティに到達するには、まだ超えなければならないハードルが数多く存在するという。
まず、脳のどの部分を刺激すると、どのような者が見えるのか?という仕組みがほとんど解明されていない。またインプラントする電極の数も、現在の60個から数十万まで増やし、電極のサイズも小型化する必要がある。脳の視野マッピングが解明され、それに対応する電極が改良されて初めて「者が見える」ようになるという。他にも長期間に渡る安全性の担保や装置の寿命、患者の経済的負担など、課題は多い。
一般的にイメージする「視覚」を実現するには、まだまだ長い時間が必要となるだろう。

だがわずかな点出あっても「自分の目で見る」ことが再び可能になるだけでも革命的だ。過度な期待は禁物だが、技術は着実に進化している。
筆者も緑内障による視神経萎縮で失明したので、Orionには期待しかない。一度、体験してみたいものである。
……まあ、そのためには頭蓋骨をパカっと開かないとならないのだが。

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2019年11月27日水曜日

気になる視覚支援デバイス3種。「Wayband」「Chord Assist」「Galidog」


「Wayband」:視覚障害者を触覚でナビゲートするリストバンド。


ニューヨークを拠点とするスタートアップWearWorks社が開発したウェアラブルデバイス「Wayband」は、視覚障害者を振動でナビゲートするスマートリストバンドだ。

Waybandの使い方はとてもシンプル。デバイスとスマートフォンをペアリングしたら、専用アプリを用いて目的地を設定。アプリは目的地までのルートを作成してナビゲーションを開始する。ユーザーが歩行中にルートから外れると、リストバンドが振動して通知してくれる仕組みだ。
特許技術「Haptic Corridor」テクノロジーを搭載したこのデバイスは、類似の製品よりも性格で直感的なエクスペリエンスを提供する、と同社は語っている。2017年にはWaybandを装着した視覚障害を持つランナーが、NYCマラソンを単独で走破したという。

またデザイン性の高さもWaybandの特徴。ブラックのリストバンドにグリーンのストラップをあしらったWaybandは、ドイツでBauhas賞とWear Sustain賞を受賞している。
支援デバイスといえば見た目は二の次、というイメージが強いが、これなら街歩きでも気兼ねなく装着してお出かけできるかもしれない。

Waybandは2020年2月22日、Kickstarterから購入可能になる予定。価格は249ドルだが、早期購入なら180ドルで入手できる。なお日本で使えるかは不明。

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「Chord Assist」:アクセシブルなギター。


「Chord Assist」は、Google Developer ExpertであるJoe Birch氏によって開発された、視覚・聴覚に障害があってもコードを学ぶことができるスマートギターだ。開発にはGoogle Homeの開発者プラットフォーム「Actions on Google」が用いられている。
ギター愛好家である開発者が、障害を持つ人々がギターを手軽に学べる機会が少ないことをシリ、Chord Assistの開発を思いついたという。彼は2017年に「BrailleBox」と呼ばれる点字電子書籍リーダーも開発している。

彼は中古のアコースティックギターを入手し、それをベースにRaspberry Piと音声入力のためのマイクとスピーカーや小型の液晶ディスプレイ、触覚マーカーなどを取り付け、Chord Assistを完成させた。
演奏者はGoogle Assistantを用いてデバイスの機能をコントロールしながら、さまざまな方法でギターのコードを学び、チューニングをおこない、演奏を楽しむことができる。
視覚障害者むけには点字ディスプレイでコードや譜面の情報を触覚で取得でき、聴覚障害者にはボタンとセグメント表示を用いて学習するコードを指定したり、ディスプレイによる情報表、振動によるフィードバックなどで演奏をサポートしてくれる。
障害者がギターを学び始める場合、これまではどうしても健常者の助けを借りる必要があったが、このデバイスはそのハードルを大きく下げてくれるかもしれない。

Chord Assistは商品化される予定はないが、開発者のWebページから必要な部品のリストや回路図などの情報が入手できる。製作費はおよそ300ポンドとのことだ。

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「Galidog」:革新的な盲導犬ハーネス。


誤解している方も少なく無いと思うが、盲導犬は視覚障害者の「案内役」ではない。障害物や階段など、危険な場所を避けたり、ユーザーに注意を促すというのが主な仕事だ。歩行ルートの決定や信号機の判断などはユーザーが行わなければならない。そのため盲導犬と歩いていても、慣れない場所では道に迷ってしまうことも少なくない。

フランス、Roncq(Nordの盲導犬協会が主体となって、2017年から開発が進められている「Galidog」は、盲導犬とユーザーを振動と音声でナビゲートするスマートハーネスだ。ちなみにGalidogという名前は測位衛星「Galileo」から採られているとのこと。

Galidogとスマートフォンをペアリングし、ナビゲーションを開始すれば、進むべき方向をハーネスの振動と骨伝導ヘッドホンへの音声でフィードバックする仕組み。ハーネスに振動を感じたら盲導犬に指示を出せば目的地へ辿り着ける、という塩梅だ。
これを用いれば、みちに迷うことも少なくなるし、慣れていない場所へも気軽に出かけることができるようになるだろう。安全の確保は盲導犬、道案内はGalidogが担当してくれるので、ユーザーの精神的・体力的な負担も大幅に軽減されるはずだ。

Galidogは現在開発中。ハーネスの振動に対応するよう、盲導犬のトレーニングも必要となる。2020年には最初のGalidog盲導犬がデビューする予定とのことだ。

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2019年11月26日火曜日

盲ろう者とのリアルタイムチャットを低コストで実現する「Orbit Chat Communication System」。


視覚と聴覚、両方に障害を持つ盲ろう者とのコミュニケーションには、多くの制約がある。障害の程度にもよるが、文字を読んだり声で会話することが困難な場合は「触覚」を用いる方法が一般的だ。書類やメールなど時間差のある情報なら点字を用いて読むことができるが、対面してリアルタイムに会話するとなると、ゆびに触れるジェスチャでコミュニケーションする「指点字」が用いられることが多い。そしてその場合、指点字を習得した通訳社を介さなければならないため、盲ろう者にとって大きな負担となる。

米国Orbit Research社は、テキストチャット形式で盲ろう者とのリアルタイムのコミュニケーションを実現する「Orbit Chat Communication System」をリリースした。
このシステムは、同社が販売している点字ディスプレイ「Orbit Reader 20」と、無料で提供される専用アプリを導入したAndroidスマートフォンもしくはタブレットをBluetoothで接続し、メッセージをテキストと点字に相互変換する。Orbit Reader 20と対応スマートフォンもしくはタブレットがあれば、追加のハードウェアは必要なく、低コストで盲ろう者の意思疎通環境を構築できる。

スマートフォンで入力されたテキストメッセージは即座にOrbit Reader 20に点字として表示され、盲ろう者は指先でメッセージを読み取る。一方、盲ろう者はOrbit Reader 20の点字キーボードから点字を用いてメッセージを入力すれば、その内容がリアルタイムでテキスト形式に変換され、相手のスマートフォン上に表示される仕組みだ。点字の読み書きに熟達した盲ろう者なら、スマホユーザーと同等以上のスピードでメッセージのやりとりができるだろう。
またスマートフォン用アプリは音声読み上げに対応しているので、盲ろう者と視覚障害者の間でもスムーズな会話が実現する。もちろん音声操作や音声入力を用いれば、手が不自由な相手ともチャットできる。対応言語は英語だが、ローカライズにより多言語にも対応可能とのことだ。

また1対1のチャットだけでなく、盲ろう者から複数のユーザーに同時にメッセージを送信するブロードキャストモードや、受け取ったメッセージを後でゆっくり参照できる保存モード、ファイルの転送機能なども提供される。アプリはAndroidスマートフォン及びタブレットに対応し、Google Playストアから無料でダウンロード可能。また盲ろう者向けには、Orbit Reader 20とアプリがインストールされたAndroidタブレットのバンドルセットも用意されている。

障害者をサポートする機器はどうしても価格が高くなりがちだ。それは数が生産できないため、ある程度仕方がない面もある。一方、障害者の所得は障害を持たない者と比べて圧倒的に低いのも事実。公的支援を受けられても限界があり、多くの障害者はベストな支援環境を得られずに不便な生活を強いられている。
Orbit Reader 20は、数ある点字ディスプレイの中でも比較的コストパフォーマンスの高い製品。「Orbit Chat Communication System」は、すでに販売されている点字ディスプレイとAndroidスマートフォン、タブレットという汎用製品を組み合わせることで、最小限のコストで盲ろう者の生活を大きく改善させる可能性を秘めている。
このようなデバイスが増えてくれば、障害者の社会参加にも大きく貢献するだろう。

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2019年11月25日月曜日

Microsoftが推し進める、ゲームのアクセシビリティ。


「Xbox Adaptive Controller(XAC)」が象徴するように、Microsoftはゲームをより幅広いユーザーへ届けようとしている。そしてその動きはMicrosoftから周辺機器メーカーへと波及しつつあるようだ。

ゲーミングコントローラーやマウスなどを開発している大手周辺機器メーカーLogitechは、XACに接続して使う、障害を持つゲーマーのためのスイッチやコントローラーをセットにした「logitech Adaptive Gaming Kit」をリリースした。
XACはあくまでもゲーム機及びPCとスイッチ類を接続するための「ハブ」としての機器だ。付属しているスイッチは2つだけなので、XACだけを購入してもゲームをプレイすることはできない。そのためユーザーは身体の状態に合わせた高価なスイッチ類を別途用意する必要があった。
この100ドルのキットには、トリガーを制御するためのさまざまなサイズの12個のボタンと大きなアナログ入力装置が2個、そしてこれらを腕や車椅子などに取り付けるためのベロクロ式のパッドが含まれる。XAC込みでも200ドル程度で一通りのゲーム環境を構築可能だ。プレイヤーの障害の程度にもよるが、多くのユーザーにとって導入コストは大幅に抑えられるだろう。


またこのキットの開発をめぐる、MicrosoftとLogitechのやりとりや開発プロセスが興味深い。2社の連携なくして、このキットの実現はあり得なかっただろう。なお、このキットの利益率は他製品と比べかなり低いそうだ。


だが、いくらハードウェアをアクセシブルにしたところで、ソフトウェアにアクセスできなければ何の意味もない。そこでMicrosoftは、Xboxゲーム開発者向けにアクセシビリティに関するガイドラインをリリースした。これには画面やテキストの読みやすさ、ナレーション、クローズドキャプション、さらには難易度に至るまで幅広い内容が含まれている。
このガイドラインに拘束力は無いようだが、ゲーム開発社にもアクセシビリティの意識を広めようとする同社の意気込みを感じる。
少し前にリリースされた、クロスプラットホームかつアクセシブルなマルチプレイヤー環境を提供するゲーム用ミドルウェア「Azure PlayFab」も、その一環と考えられるだろう。


またサービス提供が開始されたGoogleのゲームストリーミングサービス「Stadia」でも、アクセシビリティに関する話題が伝えられている。米国で障害者のゲーム環境を支援する団体AbleGamersがGoogleと提携し、障害者のゲーム環境の整備を目指すという。Stadiaは様々なデバイスからアクセスできるという特徴から、障害者ゲーマーにとっては、よりアクセシブルな環境を選ぶことができるメリットがある。運動障害がある場合はXACなどの適用ゲームデバイスが使えるPCからの利用がベターと想像できる。
視覚・聴覚障害への対応がどこまでできるのかも気になるところだ。これらを含めストリーミングサービスがゲームのアクセシビリティにどのような影響を与えるのか、注目したい。



2019年11月16日土曜日

「聴く読書」が目で読むよりも理解力が低いってほんと?


近年では情報を得る手段として、オーディオブックやポッドキャストなど「聴くメディア」が注目を集めている。
しかし一般的には、いまだに「紙で読まなければ読書とはいえない」というイメージが根強いようだ。

2016年に英国のインターネット調査会社YouGovが実施した調査によると、回答者のおよそ9割がオーディオブックによる読書は、紙の本を読むよりも、内容の理解度が低いと考えていると言う。
だが視覚障害者や失読症など紙に書かれた文字を読むことが困難な人々にとって、このような認識は教育や就労の面で不利益に作用しかねない。

本当に「耳で聴く読書」は、紙の読書よりも劣っているのだろうか?
英国The Telegraphオンライン版の記事によると、カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちによる実験は、この世間のイメージとは異なった結果を示している。

9人のボランティアが参加した実験では、まずBBC Radio4で放送されたポッドキャスト「The Moth Radio Hour」を聴いた後同じ内容の記事を目で読みそれぞれで脳のどの部分が活性化されているかを調べた。
その結果研究者は、リスニングとリーディングでは、実質的に活性化される部分が同一であることを発見した。
つまり、情報を耳で聴く・めで読むにかかわらず、脳は意味情報を同じように処理しており、言葉を理解する上で両者に大きな違いはない、ということだ。これは先述の世間のイメージとは大きく異なる。

また同時に、視覚的、触覚的、数値的、位置的、暴力的、精神的、感情的、社会的など、言葉の意味によって脳の特定の部分が、同様に活性化されることもわかった。

研究者たちはこの実験結果を踏まえ、脳梗塞、てんかん、言語障害、脳障害、失読症などの人々の言語処理を比較するといった臨床応用も考えている。
例えば臨床実験によって失読症の子供がオーディオブックで理解を深めることが証明できれば、将来、教育の場にオーディオブックなどの聴覚教材を導入する後押しになる。
またスクリーンリーダーを利用する視覚障害者にとっても、音声読み上げの利用が仕事のパフォーマンスに不利とならないことがわかれば、就労の機会や職場環境整備の促進、、職域拡大にもつながるかもしれない。

筆者は中と全盲で、普段から音声デイジーやスクリーンリーダーを通じ「耳」から情報を得ているが、かつて「め」で情報を得ていた頃と比較しても、さほど入ってくる情報量に違いを感じていなかった。画像や動画といった視覚的なものは別として。
そう言う意味で、この研究結果は納得のいくものだった。メディアから言葉を受け取り脳で処理するという仕組みで言えば、指先で文字を読み取る点字でも同じことがいえると想像できる。手話や指点字でも同様だろう。

もちろん視覚的な情報と聴覚的なそれとは得られる情報の種類に違いがあり、読み取るスピードも(個人のスキルにもよるが)差がある。完全に代替できるものではないが、少なくともインプットされた言葉の意味を理解する機能が同様であることがわかれば、感覚や学習能力に障害を持つ人々が無駄な劣等感を抱かずに済むはずだ。
新しい技術が登場すると、競合する旧来勢力から根拠のないレッテル貼りが発生することはしばしばみられるが、オーディオブックに対するイメージも、もしかしたらそのような力が働いていたのかもしれない。このような研究がスティグマを払拭し、障害を持つ人々の情報取得や社会参加の障壁を下げてくれることを望みたい。

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2019年11月8日金曜日

サイトワールド2019・見学メモ。


今年もサイトワールドの季節がやってきた。
世界的に珍しい、視覚障害を専門に扱う総合イベントである。
2019年も、11/1から11/3までの3日間、東京・錦糸町にある「すみだ産業会館サンライズホール」にて開催された。筆者は11/1と11/2に訪問。これで3回目の参加である。

前回、前々回は、とにかくひたすら展示ブースを必死に回る感じだったが、今年は主にイベントへの出席と、Twitterなどで知り合った方々との交流をメインに据えることで、体力を温存しようという作戦。普段引きこもっているわりにイベントが集中していたので……。
その甲斐あってか、なんとか参加した2日間、乗り切ることができた。体力なさすぎ。

というわけで、サイトワールド2019で印象に残ったイベントと展示について、個人的に思ったことなどをメモ代わりに書いていこう。
記憶を頼りにしているので、若干の間違いはご容赦ください。
若干でない間違いは、ご指摘ください。

ではまず、イベントから。

・ICTを活用した視覚障害者移動支援システムの社会実装

11/1開催。昨年も参加したワークショップ。主にスマートフォンを用いた視覚障害者のナビゲーション技術の最新動向が発表されるとともに、体験もできるという、実に私好みのワークショップである。

今年印象的だったのは、国土交通省の交通バリアフリー関連のガイドラインに、Webアクセシビリティの要件が明記されるという話。確かに近年ではWebやアプリは公共交通機関を利用する上では欠かせない要素になっている一方、Webはともかくアプリのアクセシビリティには不満を感じることも多かった。。アプリを通じた情報提供は視覚障害者にとっても有益だけに、ガイドラインの早期策定に期待したいところ。

他にも、コレド室町で公開された「インクルーシブ・ナビ」を用いた屋内ナビゲーションの話題や、東京メトロで実証実験中の「Shikai」プロジェクトの報告、筑波大によるコンピュータビジョンを用いたナビゲーションシステムなど、さまざまなアプローチから視覚障害者のナビゲーション技術の研究が進められていることがわかる。
また質疑応答の中で、今後これらの技術が社会実装されていく場合、場所によってアプリを使い分けるのは不便なのではないか、という意見があった。これに対し、将来的には統一規格的なものが必要、という認識も示された。まだ先の話ではあると思うが、単一のアプリでシームレスなドアツードアのナビができるようになれば最高ではないだろうか。

面白かったのは、筑波大が開発中のアプリ「オタスケマップ」。
開発メンバーの松尾さん(全盲)にレクチャーしていただきながら体験させてもらった。これはスマートフォン(iPhoneで動作していた)のマップ上に表示された歩行ルートを指で辿りながら、事前に歩く道順を確認できるというアプリ。タッチによる効果音と方向しじ音声、振動の組み合わせで、画面が見えなくても目的地までのルートを脳内にイメージできるようになっている。
歩行ナビアプリを用いて移動する場合でも、このようなアプリで事前にルートを確認することができれば、不慣れな場所でもより確実に目的地まで到達できるかもしれない。道順を知る手段としては、すでに「ことばの道案内」というサービスが提供されているが、マップから道順を生成できれば利用する場所を選ばないし、ルートを指でたどることで、文字情報よりも距離感や方向を直感的にイメージできると感じた。リリースに期待。

・今更ですが歩行訓練を知るシンポジウム

こちらは11/2に開催されたシンポジウム。4人のパネリスト(2人は視覚障害当事者)が登壇し、歩行訓練の体験談や訓練を提供する側の現状などが語られた。

特に中途で見えにくい・見えなくなった視覚障害者が、安全に歩行するためには、白杖の使い方と歩行のセオリーを知ることが重要となってくる。だが歩行訓練を実際に受ける視覚障害者はまだまだ少なく、精度の認知度も低いとのこと。合わせて訓練士の不足や地域による格差など、多くの課題が話し合われた。

個人的な経験を言えば、歩行訓練を受けたことで、外出時の不安が軽減されたし、ガイドヘルパーや駅員の誘導を受ける場合でも、よりスムーズで安全な移動ができるようになったと感じている。また先述のようなICTを用いたナビゲーションが実用化されても「歩く」というアクションが伴う以上、歩行のスキルは必要不可欠だろう。
そのような意味でも、歩行訓練の重要性がもっと知られる必要があるし、それに対応できる訓練システムやセルフトレーニングなど、多角的なアプローチを考える余地もありそうだ。あと「訓練」という言葉のイメージが、何かしらの影響を与えているのかもしれない。
健全なフィジカルがあってこそのテクノロジー、そう思うのだった。

ここからは展示ブースのお話。

・新潟大学 工学部 福祉人間工学科

触地図や立体模型で世界の建築物に触れられる展示を行っていた。
お気に入りは、京都中心部の触地図。国土地理院による3D測量データにより、周囲を囲む山々がリアルにモデリングされ、盆地である京都の地形を感じられた。マグネットで配置されていた寺社や新幹線、京都タワーもキュート。
久しぶりに京都行きたいなあ。人多いんだろうなあ。
また、こちらではオンデマンドでの触地図作成もしてくれるとのこと。

・NextVPU (Shanghai) Co.,Ltd.

メガネのテンプルに装着するタイプのスマートデバイス「AngelEye Smart Reader」を展示。スマートグラスタイプのものもあったようだが見逃してしまった。
一見すると「OrCam MyEye 2」にそっくり(禁句?)。日本語の書類をかざすと読み上げてくれた。基本的にはOCR機能がメインだが、比較的低価格との噂。機能・価格帯的には「Oton Glass」に近いかな? 認識精度はもちろん、サポート体制も気になるところ。
余談だが対応していただいた方が日本語が通じなかったので、あまり突っ込んだ質問は断念したのだった。

・株式会社ドット

韓国発のスタートアップ。世界初の点字表示可能な腕時計「Dot Watch」と、新製品の点字書籍リーダー「Dot mini」を展示。
「Dot mini」は随分前から海外でニュースになっていたが、ようやくお披露目といった感じ。基本的には点字データを読むシンプルなリーダーといったデバイスのようだ。これまでの情報では価格の安さが特徴的だったのだが、その点ではちょっと残念かな?
点字デバイスとしては、位置付けが難しい製品と感じなくもない。

・社会福祉法人 日本視覚障害者団体連合 (旧:日本盲人会連合)

展示は見ることはできなかったが、名称が変わったのでチェック。
略称は「日視連」で良いのかな?

・プログレス・テクノロジーズ株式会社

昨年のサイトワールドと東京メトロ辰巳駅で体験した、点字ブロックとQRコードを用いたナビゲーションシステム「Shikai」を今年も展示。改めて体験してみた。

基本的には大きな変化は感じなかったが、次のポイントまでの指示音声がシンプルになっていたり(誘導ブロックの左右どちらを辿る、みたいな情報が省かれていた)、説明によればQRコードのスキャン精度が向上し、多少早歩きでも認識できるようになったとのこと。全体的にブラッシュアップされているようだ。

「Shikai」は現在、東京メトロ・新木場駅でも実験中。実際に駅の点字ブロックにQRコードが設置されているらしい。まあ、アプリがないから試せないけどね。

・株式会社システムギアビジョン

すっかりおなじみになった「オーカムマイアイ 2」を展示。
ハードウェア的には変化はないが、ファームウェアのバージョンアップでBluetoothイヤホンへの出力対応やレスポンスの向上などが図られている。また認識される商品バーコードも、順調に増えているとのことだった。

・株式会社キザキ

製品名を失念してしまったが、ホールド感の高いグリップの白杖が印象的だった。
独特の形状を持つグリップは手のひらにしっかりと密着するので、白杖からのフィードバックを感じ取る面積が広く、路面の情報をより細かく得られる感じ。試したのは3段折り畳みタイプだったが、直杖ならさらにセンシティブになるのではなかろうか。一方で、手引き中にエンピツ持ちするのはちょっと違和感ありかも。

この白杖にはもう一つ秘密があった。それはストラップ。
一般的に、白杖のグリップから出ているひも(折り畳みならセンターラバーを調節するためのもの)は、手首に通すのは危険と言われている。白杖が電車などのドアに挟まってしまうと、巻き込まれてしまう危険性があるためだ。
だが、うっかり白杖を電車とホームの間に落とさないように、ストラップ代わりにこの紐を手首に通してしまうユーザーも少なくない。

体験した白杖には特別なストラップが装着されている。このストラップは、一定の強さで引っ張られると自動的にロックが外れ、巻き込まれ事故を防ぐ仕組みだ。
介助されたロックを戻すのも簡単。これ、普及して欲しいなあ。

・株式会社KOSUGE

こちらの主力商品は白杖だが、個人的に興味があったのが、スマートフォンを用いたナビゲーションシステム「MYみちびき」。
準天頂衛星「みちびき」を用いた高精度なナビを目指している。
昨年はまだ「みちびき」がサービス開始したばかりでコンセプトを聞いただけだったが、今年はどうだろう。

説明して頂いたのは、KOSUGEの社長さま。昨年同様、熱心に開発状況を話ていただいた。お話によれば、現状はまだ「みちびき」が全記揃っておらず、受診川の機材もサイズやコスト的に未成熟。ただ電波を受信するアンテナの小型化などは進んでおり、開発は進められているとのことだった。実現まではまだ時間がかかりそうだが、ぜひ来年もお話を伺いたい。

そしてもう一つ見せていただいたのは「信号機カメラ」。
これは機械学習を用いて歩行者用信号をiPhoneアプリで判別してくれるというもの。デモしていただいたものでは、赤信号と青信号、それぞれの確率をパーセントで表示していた。今後、明るさなど様々な条件でさらなる学習を進めていき、実用化したいとのことだった。
信号をアクセシブルにする技術には音響装置やビーコンなどいくつかの技術が存在するが、スマホで判別できるように慣れば、低コストで安全を確保できるようになるかもしれない。個人的には信号に向かって真っ直ぐ歩くような機能があるといいなあ。

あとこちらのブースでは「Nail Le Braille」さんの白杖デコレーションも展示されており、スワロフスキーがふんだんに盛られたキラキラ(であろう)デコ白杖に触れることができた。グリップには白杖用リングもひかる。
さすがにここまでデコるのはアラフィフおじさん的にどうかと思うが、ワンポイントでつけるくらいならいいかも、とか思ったりした。。結構、光モノは好きなのだ。

・株式会社マクロス

こちらでは、素材削り出しによる3Dプリンター「MODELA MDX-50」と、UVによる浮き出し印
刷が可能なカラープリンター「Versa UVシリーズ」を展示。

MDX-50で削り出された木製の人物像に触ってみたが、まるで人が削ったような自然な触感。さすがにお値段もそれなりだが、3Dプリンターのイメージを変えてくれる製品だろう。
またVersaUVを用いて、様々な素材に印刷されたサンプルにも触れることができたが、しっかりとした触感を感じられた。これは重ね刷りもできるとのことなので、いろいろな表現が楽しめそう。
こちらの2製品は、視覚障害者向けというよりも、幅広い層、特にクリエイティブな分野に訴える魅力があると思う。

・ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社

Google アシスタント搭載テレビ「BRAVIA A9Gシリーズ」など、オーディオ&ビジュアル製品を展示していた。
人気のネックスピーカーも試したが、これがなかなか迫力があって良かった。遅延もかなり少ないらしく、スクリーンリーダーの音声用にも使えそう。贅沢かな。

そして、やはり注目はAndroid TVを搭載したテレビ「BRAVIA」。
視覚障害者的には、画面上の文字情報を音声で読み上げてくれるのはもちろん、音声読み上げのオン/オフをリモコンから簡単に切り替えられるのが魅力。リビングのテレビなど、音声読み上げを切って使いたい家族のためにも有用だろう。音声アシスタントによる各種操作も便利そうだった。テレビもしっかりアクセシブルになってきたなあ、としみじみ。これでもっと副音声が充実してくれればね。

余談だが、個人的にテレビに付いて欲しい機能がある。
それは、スピーカーから主音声を出力したまま副音声(もしくは副音声+主音声)を、ヘッドホンまたはBluetoothイヤホンに出力して欲しいのだ。理由は先述と同じで、家族への配慮である。
以前(というか昨年のサイトワールドで)某家電メーカーの説明員にこのことを話たら、半笑いで却下されたが、今回ソニーの説明担当者さんは、しっかり聞いてくれた。これだけでも好印象である。応援してるよソニーさん。PS4に日本語TTS入れてください。

・まとめ

というわけで、サイトワールド2019で印象に残ったイベントと展示の感想でした。

前回はスマートグラスやOrCam Myeye 2といった注目の製品が目白押しで新鮮味があったが、今年はそのような意味では)個人的には)目玉といえるものが少なかったかな? 今後は国産スタートアップの登場にも期待したい。
また聞くところによると、スマートスピーカーのイベントが盛況だったとのこと。音声アシスタントは視覚障害者の間で着実に浸透しつつあるようだ。確かに別のイベントでも、スマートスピーカーに対するリアクションは結構大きかったような。機械に話しかけるなんて、日本人には向かないんじゃない?などと言われていたが、少なくとも視覚障害者の注目度は高いようだ。

そして改めてサイトワールド全体を見てみると、やはりこのイベントは「点字」が基本なのだなあと感じる。点字機器を開発・販売するブースは相変わらず盛況だったし、点字資料を配布するイベントやブースもあった。ただ一方で点字が読める視覚障害者の割合は減少しているという事実があるわけで、このギャップをいかにして埋めていくのか、考える必要がありそう。
その「点字が読めない視覚障害者」の一人である筆者。今回は日本展示図書館のブースで、展示器と点字を打てるテープをゲット。これを使って、少しでも点字が使えるよう努力したい所存である……!

さて、なんやかんやで今年も満喫したサイトワールド。
今年は初めて、ネットで交流のあった方々とお会いし名刺と情報交換できたのが楽しかった。人と会うのって大事だね。
改めて、お世話になった方々に感謝いたします。

来年もまた良い出会いがありますように。

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