2021年9月30日木曜日

視覚障害者向けLinuxディストリビューション「Accessible Coconut」。

Screenshot of Accessible Coconut.

画像引用元:Zendalona


Accessible Coconut(AC)は、視覚に障害のあるユーザーに向け開発されているGNU / Linuxディストリビューションです。Ubuntu-MATEをベースにしており、インストール直後の状態で、キーボード操作と音声/点字出力を駆使し、画面を見ることなく全ての機能にアクセスできるよう設計されています(デモ動画)。

ACは点字出力および拡大鏡をサポートするOrca スクリーン・リーダーがデフォルトで有効になっており、日常生活に必要なFirefox、Chrome、Thunderbird、VLC、LibreOffice、KDE Connectなど、お馴染みのアプリケーションが一通りプリインストールされているほか、視覚障害者向けの特別なツールもバンドルされています。例えば、


  • 画像からテキストを抽出するOCRアプリ。
  • パーキンス・スタイルの6点入力アプリ
  • ショートカットキーのカスタマイズツール。
  • 電子書籍およびデイジー書籍リーダー。
  • コンソール向けスクリーンリーダー。


など。他にもタイピング練習や数学学習、楽器演奏、メディア編集、チェスゲームといった教育・エンタメ系のアプリもたくさん同梱されています。もちろん全てキーボード操作と音声で利用できるとのこと。

ACは無料で、公式WebからISOイメージファイル(現時点でおよそ2.7 GB)をダウンロードし、DVD-Rに書き込みブートするなり仮装マシンに放り込むなどお好みの方法で試すことができます。実機にインストールする場合はパーティションやブートローダーなどそれなりの前知識が求められますのでご注意ください。

私はと言いますとすぐに試せる環境はmacOS上のVirtualBoxのみで結構長時間いじってみたのですが起動させることは叶わずでした。VoiceoverでVirtualBoxはとても使いにくいです。何かが間違っているような気もしますが根負けしましたすみません。

とにかくACは、手間や時間をかけてカスタマイズしなくてもアクセシブルなLinuxのデスクトップ環境が体験できると言う意味で手軽で良い気がします。


調べてみると視覚障害者向けLinuxディストリビューションとしては他にも(現在メンテナンスされていないものも含め)BlinuxBlindarchVinuxSonarなどいくつかのプロジェクトが見つかりますし、UbuntuやFedoraといったメジャーどころのディストリビューションはOrcaなどの支援技術があらかじめ用意されているためカスタマイズすることである程度はアクセシブルに使えるようです。


ただデスクトップLinux、実際のところ視覚障害者にはどれだけ浸透しているのでしょうか? 2021年5月にWebAIMが実施したScreen Reader User Surveyでは、Linuxを利用していると回答した視覚に障害のあるユーザーの割合はわずか1.4%。

日本ではさらにLinuxの影は薄く、同時期に 日本視覚障害者ICTネットワーク (jbict.net)が実施した第1回支援技術利用状況調査では選択肢にすら入っていないと言う状況です。まあこれはOrcaの日本語対応を考えると仕方のないところではあるでしょう。


もちろんLinuxには他のOSには無いメリットがあるのも事実ですが、やはりメインで使うとなると至れり尽くせりな商用OSを選ぶのは極々自然な成り行きでしょう。特に日本語で読めるLinuxのアクセシビリティに関する情報が圧倒的に少ないのは心細いところです。

視覚に障害のある開発系エンジニア諸氏がLinuxを使う場合、WindowsなりMacからログインし、読み上げはホストOS側から行うのが一般的のようです。

そう考えると現状のLinuxを平均的なICTスキルを持つ視覚障害者がメインに使うにはハードルが高いと言わざるを得ません。まあ空いているマシンにインストールして遊ぶ分には面白いとは思うんですが。


ただ個人的にはLinux、展開次第では視覚障害者のコンピューティングを大きく進化させる可能性を持っているのではと思うのです。

WindowsにしろApple系OSにしろ、基本的に晴眼者向けのインターフェイスの上にスクリーンリーダーを乗せて使うことになるわけですが、やっぱり基本がGUIですから無理が出てしまう。これはAccessible Coconutが採用しているMateデスクトップ環境も同じです。

でもユーザーにより自由にカスタマイズできるLinuxであればその気になればスクリーンリーダーとキーボードナビゲーションに最適化されたデスクトップ環境を構築することは不可能ではないはず。多分。

もしも簡単に学べて簡単に使えて、しかも軽快にサクサク動く環境が実現すれば、Linuxが視覚障害者にとって大きな選択肢の一つになり得るのでは、と妄想するのでした。

好き勝手書いてしまいましたが、今後の盛り上がりに期待したいところです。


参考:Accessible-Coconut: The Ideal Linux Distro for the Visually Impaired (makeuseof.com)


2021年9月28日火曜日

英国リバプール。ビートルマニアの聖地「Strawberry Field」が、障害者にもアクセスしやすいインクルーシブな観光スポットに進化。

"Let me take you down,  'Cause I'm going to, Strawberry Fields."  The Strawberry Field Visitor Centre, seen from the gardens

画像引用元:strawberryfieldliverpool.com


英国リバプールにあるStrawberry Fieldといえば、少年時代のジョン・レノンが遊び、1967年発表の楽曲「Strawberry Fields Forever」ゆかりの地として世界中のbートルズファンにはお馴染みの観光名所です。

かつては孤児院として運営されていたこの施設は現在、学習障害のある若者のためのトレーニングセンターとして活用されており、一般観光客には長い間開放されてきませんでした。そのためStrawberry Fieldを訪問したビートルズファンは閉ざされた赤い門の前で写真を撮ったり、隙間から中の様子を覗き込むことくらいしかできませんでした。

しかし2019年9月、この施設を運営・管理しているSalvation Armyの手によって、このメモリアルな施設の一部が整備され、一般に向けその門が開かれたのです。


参考:ジョン・レノンゆかりの地「ストロベリー・フィールズ」、一般公開 写真12枚 国際ニュース:AFPBB News


公開されたStrawberry Fieldのビジターセンターでは「Strawberry Fields Forever」やジョン・レノンに関連した様々な資料やインタラクティブなツアーが展示され、落ち着いた雰囲気を持つビクトリア朝の庭園やカフェでこの名曲にインスピレーションをあたえたかつての孤児院に想いを馳せることができます。入場チケットやショップからの収益は、現在も併設されている学習障害者施設のために使われるとのこと。


そして先日、この施設のアクセシビリティが大きく向上したという記事がでていました。

それによると、施設全体にわたり徹底したバリアフリーが整備され、完全な車椅子アクセスを確保。加えて、視覚に障害のあるビジターに向け、多言語に対応したオーディオガイドや触れて楽しめる展示、そして経験豊富なスタッフによるガイドツアーが提供されるとのことです(公式サイトの情報では日本語には未対応)。また全ての映像コンテンツには聴覚障害者に向けたキャプションが付けられました。

また「Strawberry Fieldは、より包括的な設備を備えるChanging Places Toiletsの認証を受けた最初のアミューズメント施設の一つでもあります。Salvation Armyは2022年を目標に、認知症や自閉スペクトラムのあるビジターに向けたサービスを追加し、より包括的な施設を目指していくとのことです。


解散から50年あまり。ビートルズファンも高齢化が進んでいるはずですから、このような取り組みは歓迎されるのでは無いでしょうか。

Salvation Armyが孤児院としてこの施設を受け継いでから80年以上。長い歴史を尊重しながら、アクセシビリティはアップデートし続けていくという姿勢は他の文化施設に対しても参考となるようにも思います。


そういえば「Strawberry Fields Forever」の歌詞にはこのような一節があります。

"Living is easy with eyes closed,

misunderstanding all you see."

見えないからこそ感じられるものが、ここにはあるのかもしれませんね。


参考:Strawberry Field leads the way in accessibility to all, with advanced features - The Guide Liverpool


2021年9月27日月曜日

キーワードは「ガス爆発」? 触覚ディスプレイの低価格化を目指す新しい研究。

Two images that show the change in surfaces triggered by combustion.

画像引用元:Ars Technica


点字や触図といった触覚から情報を得るメディアは視覚障害者に対する情報提供手段として長い歴史を持ち、非常に重要なものではあります。

しかしその一方、特にデジタルの分野では音声と比べ活用の幅が限定的であることは否めません。これには点字の識字率の低下もありますが、機材や制作に必要なコストもその一因となっているようにも思えます。、その象徴ともいえるのが、点字ディスプレイの価格でしょう。

近年ではセル(点字1文字の単位)数を減らし価格を下げた製品も販売されてはいますが、実用的なセル数を持つ点字ディスプレイはそこらのハイエンドPCを軽く超えるお値段。自治体による補助も重複障害者限定であったり点字のスキルが求められるなど非常にハードルの高いものとなっているのです。


点字ディスプレイを構築するためには、幅5ミリ、高さ8.5ミリ程度という僅かな面積のセルに6つのピンを上げ下げする仕組みを設計し、それをセル数分だけ並べなければなりません。

現在流通している点字ディスプレイでは圧電素子や磁気によりピンを隆起する方式が採用されていますが、いずれにせよ精密かつ複雑な部品を大量に用いなければならず、どうしてもコストが跳ね上がるわけです。

触覚を通じた情報伝達手段をより多くの視覚障害者へ提供するためには、大量のピンを制御できる低コストな技術が求められているのです。本ブログでも1つのアクチュエーターで40セルを更新するCanute 360や、電圧により記録した形状を再現する素材液晶エラストマーといった新技術の話題を取り上げてきましたが、ここでまた新しい点字ディスプレイに関する研究が発表されました。


Valveless microliter combustion for densely packed arrays of powerful soft actuators」と題された研究では、機械的な機構を一切用いず、「ガスの燃焼」でピンを持ち上げるという、斬新かつ非常にワイルドな方法が提唱されています。

この研究では、ピンを隆起させるためにメタンと酸素の混合ガスを燃焼させ膨張する柔軟なポリマー素材のバブルとそれに燃料を供給するパイプ、そして着火に用いる2本のワイヤーと言う非常にシンプルな構造が考案されました。

ワイヤーに電流を流すとバブルに溜められたガスが爆発し、大きく膨らみます。その圧力でピンを押し上げ、点字を表現する仕組みです。膨張したバブルはすぐに収縮してしまいますが、押し上げられたピンはマグネットの磁力によりその状態がキープされるわけです。構造がシンプルであるため、点字ディスプレイだけでなく、グラフィックスをピンで表現する触覚ディスプレイにも応用が効きそうです。

ここで気になるのは、どのようにしてピンを下げるのか? 実は現状、読み終えたら手動でピンを押し下げなければならないとのこと。ちょっとスマートな感じではありませんが、研究チームはあまり問題とは考えていないようです。あくまでもコスト重視ということでしょうか。


ただ製品化を考えると燃料となる混合ガスの安全性や燃焼時に発生するノイズ、バブルの耐久性など課題は多いようにも思えます。何せ、のべつ幕なしにガス爆発を続けるデバイスですからね。少なくとも使う時は換気が必要ですね。

それでもシンプルな構造を持つこの技術が触覚ディスプレイのコストを下げる可能性を持っていることは確かでしょう。個人向けは難しくても、大掛かりな触覚ディスプレイを学術・教育機関向けに開発するのも面白いかもしれません。

まあ実現性は低いのかもしれませんが、爆発を活用するという大胆なアイデアは面白いですし、なにより触覚ディスプレイというニッチなジャンルに対し、新しい研究が行われているという事実に、心強さを感じたりするのでした。


参考:Braille display demo refreshes with miniature fireballs | Ars Technica


     

2021年9月10日金曜日

米国マクドナルド、同社のキオスク端末に「JAWS Kiosk]を導入。視覚に障害があっても音声を用いた操作で注文から支払いまでを単独で実行可能に。

JAWS Kioskを操作する視覚障害者の様子。画像引用元:TPGi


米国マクドナルドは2021年9月9日、、支援技術ディベロッパーであるVispero社とと提携し、同社が運営する直営店およびフランチャイズ店舗に設置されているキオスク端末に対し「JAWS Kiosk」テクノロジーを採用したことを発表しました。

なおここで言うキオスクとは駅の売店のことではなく、商業施設やコンビニなどに設置されている、おもにタッチパネルで操作し情報やサービスを提供する情報端末のことを指します。


米国をはじめ海外のマクドナルドでは、注文から支払いまでをセルフで行えるキオスク端末が広く普及しており、設置される店舗はCovid-19感染拡大の影響で急激に増えています。中には有人のレジが一切設置されていない店舗もあるとのこと。

マクドナルドに限らず、人手不足や感染症対策によりサービスが無人化されるのは致し方のない流れではあります。しかし有人サービスから置き換えられた情報端末の多くには、目の見えない・見えにくい人々は全くアクセスすることができません。

サービスの無人化の中でアクセシビリティが無視され障害のある人々が排除されるような状況が加速されつつあるのです。


JAWS Kioskは視覚障害者などに向け、Vispero傘下のTPGi社が開発する、JAWSスクリーンリーダーなど同社が持つ技術を統合したアクセシブルなキオスク・ソリューションです。(動画:Jaws Kiosk - YouTube

目の見えない・見えにくい顧客はJAWS Kiosk端末に用意されたオーディオジャックにヘッドホンを接続することで音声によるナビゲーションを開始できます。あとはテンキーや矢印キーを用いて画面上の情報を音声で確認しながら、誰の助けも借りることなく端末の操作を完了することができるようになります。またロービジョン向けには、画面の拡大やコントラスト強調などの機能も提供されます。


マクドナルドの新しいキオスク端末が実際にどのようなインターフェイスや機能を持っているのかは現時点で明らかではありませんが、世界屈指の外食チェーンがJAWS Kioskを採用したことで、キオスク端末のアクセシビリティに注目が集まることは間違い無いでしょう。

加速するサービスの無人化に不安を抱く視覚障害者にとってこのニュースはちょっとだけ明るい未来を感じさせるものであるように思いました。


ちなみに日本のマクドナルドは公式アプリがVoiceoverで操作できなかったり公式サイトのアクセシビリティが不足しているなど、視覚障害者に対してはあまり優しくないという印象です。お店では親切にアテンドしてくれることも多いのですが(そうでない時もある)、周辺のサービスについても海外のようにアクセシブルにしていただきたいところですね。

あ、月見パイ食べましたけど美味しかったですよ。


参考:McDonald’s Partners with Vispero to Provide Access for Blind and Low Vision Customers in US Self Order Kiosks (prweb.com)


支援技術関連記事まとめ(2022年11月)※お知らせあり。

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