2021年10月25日月曜日

電動ホイールチップで視覚障害者を誘導する、二つの「ロボット白杖」。

スタンフォード大によるロボット白杖の概要。

画像引用元:science.org


去る10月15日は世界白杖デー、そして「ヤンキー君と白杖ガール]のドラマ化などの影響もあり、視覚障害者の象徴ともいえる「白杖」に、にわかに注目が集まっています。

そんな状況に合わせたかどうかはわかりませんが、米国で「ロボット白杖」に関する二つの研究が立て続けに発表されました。

従来の白杖にセンサーや通信機能を加え障害物検知やナビゲーション機能などを実装した「スマート白杖」は世界中で開発されいくつかは商用化もされています。ロボット白杖とはスマート白杖の一種であり、ホイールやタイヤなど視覚障害者を支援する物理的な機構を持つものを指します。


2021年9月、米国バージニア・コモンウェルス大学(VCU)工学部コンピュータサイエンス学科のCang Ye教授らの研究チームは、屋内環境で視覚障害者を誘導するロボット白杖に関する研究を発表しました。

GPSなどの衛星測位システムが利用できない屋内で現在地を推定し移動ルートを決定するため、研究チームは白杖にロボット制御に用いられる技術を詰め込みました。

この白杖には物体までの距離を測定するカラー深度カメラ(Intel RealSense D435 RGB-D)、および加速度センサーやジャイロスコープなど複数のセンサーを統合した慣性計測ユニット(IMU)(VectorNav VN-100)が搭載されています。

これらのセンサーから得られた情報をDVIO(Depth-enhanced Visual-Intertial Odometry)と呼ばれるアルゴリズムによって計算し、周囲の環境を3Dマップとしてリアルタイムに構築。これを制御ユニットにあらかじめ保存されている屋内マップデータと照らし合わせ、現在位置を推定します。

ロボット白杖は音声コマンドで指定された目的地までのルートを計算し、石突きに搭載されている電動ホイールを回転させ、障害物を避けながらユーザーを誘導します。石付きが地面に接している時はロボットモード、離れている時は通常の白杖として動作します。

研究チームは今後の実用化に向け、コストの削減と軽量化を進めていくとのことです。


一方、VCUの発表からまもない2021年10月、米国スタンフォード大学のバイオエンジニアリング博士研究員であるPatrick Slade氏らによる研究チームも、同様の仕組みを持つロボット白杖に関する詳細を発表しています。

VCUの白杖が屋内ナビゲーションに特化していたのに対し、こちらは屋外での利用にも対応したものとなっています。

この白杖には物体までの距離を測定するLiDARスキャナ(スラムテックRPLIDAR-A1)、標識やマーカーを識別するカメラ(Raspberry Pi カメラモジュール V2)、屋外で位置情報を取得するGPSモジュール(Adafruit Ultimate GPS Breakout)、そしてユーザーの姿勢や向きを推定する慣性測定ユニット(INU)(Adafruit Precision NXP 9-DOF Breakout Board)が内蔵されています。

これらのセンサーから得られた情報は  Raspberry Piで処理され、石突きに取り付けられたNexus Robot社のomni wheelを制御しユーザーを誘導します。omni wheelは通常ユーザーの歩行速度に従いフレキシブルに回転しますが、歩行ルートを外れたり曲がるポイントに到達するとモーターが動作し左右方向へユーザーを誘導します。

ナビゲーション機能としては、屋内ではクローズドループ・アルゴリズム、屋外ではGPSを用いた誘導を行い、いずれのモードでも障害物を発見すると衝突を回避するように歩行ルートを組み替えます。またカメラで捉えたマーカー(停止標識)を認識し、それに向かって誘導する機能も備えています。

研究チームは従来の音声・振動を用いるターン・バイ・ターン方式のナビゲーションと比較し、ホイールの運動によるナビゲーションが直感的でありユーザーの認知的負担を軽減することができると語ります。要するに何も考えずに目的地まで移動できますよ、ということ。歩行実験では音声によるナビゲーションと比べ、ロボット白杖では移動速度が平均で20%向上したという結果が得られました。

研究チームは設計図や制御ソフトウェア、構成パーツに関する情報を公開しており、製作に必要なコストはおよそ400ドル程度とのことです。


さて、立て続けに発表された二つのロボット白杖ですが、細かい違いはある者の搭載しているセンサーの種類やホイールによる誘導方法など共通している部分が多いことがわかります。何か関係あるのかな?とも思いますがそのような記載は見つけられませんでした。もしかしたら実は他にも同様の研究が世界中あちこちで進められているのかもしれません。


当事者として気になるのはその実用性でしょう。ナビの性能に関しては使ってみないことにはなんとも言えませんがどちらの研究チームも指摘しているように最大のネックはその「重さ」にあるような気がします。

スタンフォード大学のロボット白杖の重さはおよそ3ポンド(約1.3 Kg)と既存のスマート白杖と比較すると軽量とのことですが、一般的な白杖(200から400グラム)と比べるとまだまだ思いと言わざるを得ません。いつもの調子で振ってるとあっという間に腱鞘炎になりそうです。

いかにして白杖のフィーリングを保ったままハイテク化するか。スマート白杖という分野を定着させるためにも今後の大きな課題となりそうです。


正直なところこのロボット白杖、どちらかと言えばAIスーツケースロボット盲導犬に近いものであるように思えます。

従来の白杖を置き換えるものではなく、あくまでも新しいモビリティ支援デバイスとして捉え直した方が幸せになれるのではと思ったりします。

まあ技術者としてこの歴史ある一本の棒にイノベーションの余地を見出しているというのも理解はできるのですが、ここは当事者の声に耳を傾け実情に沿ったリアリティのある技術開発を目指していただきたいものです。


2021年10月17日日曜日

触れたい物に向かって視覚障害者の手を導く「GuideCopter(ガイドコプター)」。ドローンによる視覚障害者支援の可能性を探る研究。

前回のエントリーに続き、ドローンを活用した視覚支援技術のお話です。

重度の視覚障害者がテーブル上の食器やドアノブなど特定の物体に触れようとした場合、大抵「手探り」で触れる対象物を探します。慣れた場所ならある程度、感覚で触れ当てることができますが、不慣れな状況では何かしらの手がかり、つまり情報が与えられなければあてもなく手探りを繰り返すことになります。目が見えていても真っ暗な部屋で照明のスイッチを探したり、洗髪中にコンディショナーを手探りした経験は誰にでもあるでしょう。一発で探し出すの、難しいですよね。

考えてみると、視覚を用いず特定の物体に素早く確実に触れるという動作は、結構難易度の高いミッションです。その一方、このような日常的なタスクを支援する手軽なソリューションは今のところほとんど存在しません。


ドイツ、パッサウ大学のFelix Huppert氏らの研究チームによる「GuideCopter - A Precise Drone-Based Haptic Guidance Interface for Blind or Visually Impaired People」は、2021年5月のCHI2021で発表された、視覚障害者の触察行動をドローンの誘導によって支援するというユニークな研究です(PDF)。


視覚障害者の触察をサポートする場合、対象物から誘導音を鳴らす、もしくは「もう少し右」といったように「音声」を用いて誘導する方法のほか、晴眼者が直接視覚障害者の手をとり、触れる物までエスコートするなどの手段が考えられます。

これまでにもこのような行動を支援する技術として、音声や振動フィードバックを用い視覚障害者を誘導するウェアラブルデバイス(指先装着型や手袋型など)が開発されてきました。しかしこのようなデバイスはユーザーの触覚を妨げたり習得に時間がかかるなど認知的負荷が高い欠点があると研究チームは語ります。

GuideCopterでは視覚障害者の感覚をできる限り損なわず、認知的負荷を軽減するため、ドローンによる誘導という手法を用いました。つまり触覚を妨げるデバイスを装着することなく、ドローンの引っ張る力で視覚障害者を導き、独立した触察行動を支援しようというわけです。


研究チームはさまざまな前実験を重ね、ドローンの動き方や引っ張る強さ、ドローンと手を接続するための最も効果的な方法を検討しました。

そして十分に引っ張る力を持った3インチのクアッドコプター(寸法20 cm ×5 cm)を独自に設計。このドローンを長さ50 cmの細いロープを用い、人差し指に装着したリングと接続しプロトタイプを制作しました。安全を確保するため、ドローンのプロペラには、カスタムメイドのプロテクターが取り付けられています。

10名の視覚障害者が参加した実証実験では、あらかじめ設定されたルートを飛行するGuideCopterが被検者の指を誘導し、物体を掴むまでの時間と正確さを計測。比較のため同じ物体を音声ガイダンスを用いて掴む実験も併せて行われました。

その結果GuideCopterは、音声による誘導システムと比べ、より早く、確実に目的の物体に触れることができ、認知的負担も少ないことがわかりました。

確かにユーザーはドローンの引っ張る力に身を任せてしまえば良いわけですから、音声を聞きつつ位置を調節するよりも直感的というか何も考えなくても使えるシステムであるといえます。この結果から、研究チームはドローンによる誘導システムが、視覚障害者の触察行動に一定の役割を果たセルのではと結論づけています。


もちろんこれはドローンによる誘導が視覚障害者の支援技術として有効であるかを検証するための基礎的な研究であり、すぐに実用化されるものではありません。しかし物体認識技術などと組み合わせることで、視覚障害者の触察行動のストレスを大きく軽減させる技術になるかもしれません。論文の中で研究チームは、小売店の商品を識別し、GuideCopterで欲しい品物を手に取るという応用例を提案しています。


視覚障害者をドローンが誘導するというアイデアはかなり以前から存在してはいましたが、手を引いて何かを触らせてくれるという、ある意味強引かつ大胆ともいえるGuideCopterの発想は個人的に新鮮でした。

これを実用化するためにはドローンの駆動時間や騒音、安全性といった多くの課題をクリアする必要があるでしょう。でも小型ドローンを使ったアイデアは考えるだけでも楽しそうです。

視覚障害者向け支援技術ではこれまで視覚的な情報を音声や触覚(振動)などに置き換える感覚置換(Sensory substitution)に基づいた技術が主流でした。しかし今後はドローンをはじめとするロボット技術との物理的というか運動的な相互作用の応用がアツいのかもしれません。今後どのような研究が出てくるのか、注目したいところです。


2021年10月11日月曜日

「Flying Guide Dog(空とぶ盲導犬)」は、ドローンと真相学習アルゴリズムで視覚障害者をナビゲーションし信号機も識別する。

視覚障害者にとって盲導犬は「引っ張られる」という連続したフィードバックによる安全・確実な誘導手段として安定した評価を得ています。あの安心感と比べると、やはりスマートフォンなどによるスポット的な音声・振動ナビゲーションは習得が難しく確実性に欠けると言わざるを得ません。もちろん便利ではあるんですけどね。

テクノロジー(主にロボット工学)によって盲導犬のようなナビゲーションの実現を目指す研究はこれまでにも数多く行われてきました。例えば四足歩行ロボットを応用したものなど。そのような中、着目されたのが空中を軽快に飛行する「ドローン」です。


ドイツ、カールスルーエ工科大学(KIT)の学生、Haobin Tan氏らによる研究チームは、ドローンによる視覚障害者のナビゲーションシステムに関する研究「Flying Guide Dog: Walkable Path Discovery for the Visually Impaired)PDF)」を発表しました。


この研究で用いられたドローンはDJI社の「Tello」。被検者はドローンから送られた映像を処理し飛行を制御するノートPCを収納したバックパックと音声ガイダンスを聴くための骨伝導ヘッドセットを装着します。

ドローンは被検者を先導する形で飛行し、装着されたロープで視覚障害者を引っ張りながら誘導する仕組みです。「Flying Guide Dog」の名のとおり、まさに空飛ぶ盲導犬、と呼べる雰囲気のシステムです。


ドローン制御のアルゴリズムには、画像の要素にラベルを付与する真相学習技術の一つであるSemantic Segmentationを採用。ノートPCはドローンが撮影した屋外環境の映像から歩道や横断歩道などのオブジェクトを検出し歩行可能なルートや避けるべき障害物を決定。それをもとに飛行方向や速度をリアルタイムに調節します。

また研究チームは、交通信号機の認識に特化した独自のデータセット「Pedestrian and Vehicle Traffic Lights(PVTL)を構築。視覚障害者が安全に横断歩道を渡れるよう、歩行者用信号機の色を判別巣る機能も加えました。

ドローンは赤信号を認識するとその場でホバリングし、信号が青に変わるまでの間待機すると同時に、骨伝導ヘッドセットを通じその情報をユーザーに伝達します。


研究チームはプロトタイプを制作し、目隠しをした被検者を対象に実証実験を行いました。その結果、Flying Guide Dogのナビゲーション能力について、一定の有用性が認められたというフィードバックが得られました。特にロープで引っ張られる誘導方法は習得が容易で直感的に使えるという点で高く評価されました。

一方、用いられたドローンはバッテリー容量が小さく、飛行時間はわずか13分あまり。さらに本体重量が軽いため風にも弱いという欠点も明らかになりました。この問題を解決するためには、より長時間バッテリー駆動可能な大型ドローンを用いる必要があると研究チームは語っています。将来的には制御アルゴリズムの改良とともに、組み込みAIコンピューターを用いシステム全体の軽量化を進めるなど改良を加えていくとのことです。


これまでにもドローンを視覚障害者のナビゲーションに応用する試みはいくつか見られましたが、AIを導入することで(まだ限定的ではありますが)その実現に一歩近づいた印象があります。

しかし現実味を帯びると同時に、ドローンによる視覚障害者の誘導が社会的に需要されるのだろうか?といった問題も出てきます。衝突・墜落による危険性や騒音といった課題も考えられるでしょう。

この問題に関してはドイツの研究者Mauro Avila Soto氏らによる「Look, a guidance drone! Assessing the Social Acceptability of Companion Drones for Blind Travelers in Public Spaces」と題された社会実験が参考になるかもしれません。この実験はドローンに限らず、新しい支援テクノロジーが社会に対しどのような影響(ポジティブ、ネガティブともに)を及ぼすのか、という視点を与えてくれます。

個人的には、こんなドローンに連れられて広い公園などをぶらぶらお散歩してみたいと思いました。できれば音声ガイドなどしてくれれば、さらに最高な気がします。


参考:[2108.07007] Flying Guide Dog: Walkable Path Discovery for the Visually Impaired Utilizing Drones and Transformer-based Semantic Segmentation (arxiv.org)


2021年10月5日火曜日

オーストラリア。ブラインド・クリケット用スマート・オーディオボールを開発。動きが停止してしまっても電子音でボールの位置を確認することができる。

White prototype cricket ball.

画像引用元:manmonthly.com.au


クリケットという球技をご存知でしょうか。日本でこそマイナーなスポーツですが、発祥地である英国をはじめ、インドとその周辺国、南アフリカ、オーストラリアなどでは国民的スポーツとして熱狂的な人気を得ています。

詳しくはないので解説はできませんが、とにかくピッチャーが投げたボールをバッターが打ち得点を競う、野球ににたルールの球技のようです。英国発祥のスポーツらしく、試合の合間にティータイムが設けられているなど独特の作法があるのも特徴的です。


そしてこれらの地域では、視覚障害者が参加できるスポーツとして「ブラインド・クリケット」が定着しており、ワールドカップも開催されています。オーストラリアでは1922年から競技スポーツとして親しまれている歴史のあるパラスポーツなのです。


ブラインド・クリケットの試合ではボールを視覚的に確認できない選手のため、中に鈴やベアリングが仕込まれているオーディオ・ボールが用いられます。通常のものよりもわずかに大きなこのボールを使うことで、音を頼りにボールを打ったりキャッチすることができるようになるわけです。

同様の仕組みを持つオーディオ・ボールは視覚障害者向けの球技、ゴールボールやブラインドサッカー、サウンドテーブルテニスなどでも採用されていますが、このようなボールには「動きが止まると音がならなくなる」という大きな欠点があります。

競技にもよりますが、この欠点を逆手に取り、あえてボールの動きを止めることで対戦相手から「ボールの存在を消す」テクニックを使いこなすアスリートもいます。しかし大抵の場合、予期せずボールが止まってしまうと、ボールの位置を確認するためにゲームを中断しなければなりません。


そこでオーストラリアのブラインド・クリケット支援団体、Blind Batsの代表であるPaul Szep氏は、スマートフォンアプリから遠隔操作でき、電子的なオーディオが連続して再生されるスマート・ボールのアイデアを思いつきました。この新しいオーディオ・ボールを実現するためには、繰り返されるバットの打撃による衝撃に耐え、ブラインド・クリケットのルールに沿った大きさと重さを守らなければなりません。

このアイデアに応え、世界初のインテリジェントなクリケットボールである「Kookaburra SmartBall」を開発したKookaburra社は、3Dプリントによるプロトタイプ制作を得意とするGoProto社と協力し、ステレオリソグラフィー(SLA)による新しいブラインド・クリケット用のオーディオ・ボールを制作しました。

完成したウレタン素材のプロトタイプは公式ゲームのレギュレーションにも適合しており、近日Blind Batsが開催するゲームでお披露目されるとのことです。


このようなスマートなオーディオ・ボールの開発は他にもモントリオール大学によるオーディオ・アイスホッケーパックなどのプロジェクトが進められています。クリケットと比べこちらはさらに、低温と水分という大きな課題を克服する必要があったようです。


長い歴史を持つ視覚障害者向けパラ球技に、これらのようなテクノロジーがどれだけ受け入れられるのか、興味深いところです。おそらく歓迎一辺倒ではないような気がします。先述のようなアナログなボールならではのテクニックが編み出されている状況では、スマート・ボールの登場は大きなルール変更にも等しいものがありそうですからね。レクリエーションならまだしも、こと競技スポーツに関しては最新のテクノロジーの導入が必ずしもベストではないのかもしれません。

まあそれはさておき、個人的にはこのようなスマート・ボールを活用したビリヤードとか、新しいブラインド・スポーツを考える方が面白そうでは?と思ったりしたのでした。


参考:Smart cricket ball is developed for visually impaired players (manmonthly.com.au)


支援技術関連記事まとめ(2022年11月)※お知らせあり。

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