視覚障碍者とエンターテイメントをめぐる環境は、先人の創意工夫と努力、そしてテクノロジーの進化とともに進歩している。読書なら点字から音声デイジー、テキストよみあげ、オーディオブック、最近ではAIによる要約なども登場しているし、UDCastの登場で映画の楽しみが大きく広がっている。
一方でなかなか視覚障碍者へ門戸が開かないのが、ビデオゲームだろう。ブラインドゲームというジャンルはあるが、晴眼者と視覚障碍者が同じゲームを対等に楽しめる状況には程遠いというのが実情である。
そんな状況の中でも、熱心な視覚障害ゲーマーは音を頼りにしたり、スマホのOCRを駆使してポケモンや格闘ゲーム、レースゲームを楽しむ。プラットホーム側でアクセシビリティが確保されていない以上、ユーザーの自主的な工夫と訓練が不可欠で、それはそれで面白いのだがハードルが高いのは否めない。ニーズは確実に存在するはずなのだが、状況が進展する気配はあまり感じられないのが残念なところ。
そんな中、全盲ゲーマー的にちょっと気になるプロジェクトに目が留まったので紹介しよう。なおプロダクトの性質上、実際には試していないため、多分に妄想が含まれている。悪しからずご容赦願いたい。
「Wanderbar」はNES(北米版ファミコン)oよbSNES(北米版スーファミ)エミュレータとWebブラウザを融合させたマルチコンソールエミュレータである。作者は、レトロゲームの翻訳Hackで有名なClyde Mandelin氏。
ちなみにエミュレータとは簡単にいうと、コンピュータやゲーム機などのハードウェアをソフトウェアで再現し、別のコンピュータ上で動作させる技術。例えばWindowsで動作するMSXエミュレータなどがある。この場合、MSXで実行できるソフトウェアをWindowsで扱える形式にコンバートしてエミュレータにロードすれば、WindowsでMSX用のソフトウェアを実行することができる。
Wanderbar最大の特徴が、エミュレータで実行されている仮想ゲーム機のメモリをリアルタイムに解析してブラウザ側に表示したり、解析したデータを変更してプログラムに反映できる機能。ゲームに対応するプラグインを用いれば、簡単にゲーム中のメッセージを抽出して翻訳したり、ステータスを調節してゲームを改造して楽しめたりする。プラグインを開発すれば、特定のタイミングで音声や動画を再生したり、Webbから関連情報を取得、さらにはJAVA Scriptを使ってより高度でトリッキーな使い方もできるようだ。
ここで注目したいのが、ゲームから抽出されたメッセージが、基本的にテキスト形式で利用できる部分。つまりスクリーンリーダーと組み合わせれば、音声読み上げでレトロゲームを楽しめる可能性が考えられる。Wanderbarのリリースノートでも、この機能が失読症ユーザーに有効であることが示唆されている。
この機能によって、視覚障碍者がプレイできなかったゲームがすぐに楽しめるようになるわけではないが、既存のゲームをバリアフリーにするアプローチとして非常に興味深い。
表示されているメッセージを読み上げるだけでなく、キャラクターの座標やアイコン、ステータスの変化をサウンドで通知するなど、工夫次第でいろいろ面白いことができそうだ。音声対応以外にも、ロービジョンむけにグラフィックのコントラストやカラーを変更したり、(可能かどうかわからないが)効果音を可視化して聴覚障碍者のサポートにも役立てるかもしれない。
コマンド選択式のRPGやアドベンチャーゲームはもちろん、ちょっとしたアクションゲームならプレイできるようになるかも。夢が広がるではないか。
さらに妄想を広げれば、画像認識AIと組み合わせてグラフィックを説明してくれたりしたらもう最高である。
とはいえエミュレータは導入するハードルが高く法的にグレーな面も懸念されるため、オフィシャルな形態で同様のシステムが提供されるのが理想。まあ、かなり難しいだろうが。
ただ海外では現制度で問題があっても「必要なら作る」風潮があり、Wanderbarが視覚障碍者に広まり、有益であることが認知されれば、将来的に権利者を動かして「ファミコンミニ・音声対応版」なんてものが発売されないとも限らない。
既存のゲームを音声対応させるために、オリジナルのプログラムを改変するのは手間もコストもかかり、作品によっては作り直さなければならないかもしれない。需要を考えればビジネスとして成り立たないだろう。メモリ解析というアプローチを用いれば、製作コストは下げられるかもしれない。素人考えではあるが。
Wanderbarそのものは、日本語のゲームを翻訳するツールがきっかけで開発されたものだが、その副産物としてレトロゲームのバリアフリーが注目され、もしかしたら大きなムーブメントが生まれるかもしれない。
視覚障害者も手軽にレトロゲームがプレイできる日が来るのかも。今後に注目したいプロジェクトなのは間違いない。
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