2020年6月8日月曜日

絵画の筆跡を3Dスキャンする技術は「触れる美術観賞」を実現する。


絵画は、画家特有の筆跡であったり、重ね塗りされた絵具の厚み、カンバスの微妙なテクスチャなどの「質感」を持っている。これらの情報は画像データや印刷物では必ずしも正確に伝えることはできない。
ネットや画集で手軽に世界中の名画が見られるにもかかわらず、美術館の特別展に長蛇の列ができたり、世界中の美術館をめぐる人々が多いのは、そのような理由もあるのだろう。
だがいざ「本物」を見ようとしても、その絵画が貴重であればあるほど作品と鑑賞者との距離は遠くなり、その作品の持つ質感を感じとることが難しくなる。ましてや視覚に障害を持つ人々にとってはその質感を体験する手段は存在しない。
新しく開発された「絵画の3Dスキャン」技術は、リアルとバーチャルでまったく新しい絵画鑑賞の世界を切り開くかもしれない。

米国ペンシルベニア州立大学アビントン校とニュージャージー工科大学の研究チームは、optical coherence tomography (OCT)と呼ばれるレーザー技術を用いて、絵画の高精細な3Dスキャンを実現する技術を開発した。
この技術により、絵画表面の凹凸、つまり筆跡や絵具の盛りといった立体情報を高精度な3Dデータトして保存することができるようになるという。

OCTはマイクロメートルの分解能で画像を撮影できるレーザーベースのイメージング技術。一般的には生物医学の用途で用いられることが多いが、表面の凹凸と下層構造を同時にスキャンすることができることから美術分野への応用が考案された。
だがOCTはスキャンできる面積が非常に狭い。そのため研究チームは移動しながら連続スキャンするロボット技術と、スキャンされた画像をパッチワークのようにつなぎ合わせて補正するソフトウェアを独自開発。これらを組み合わせることで広い面積の絵画の3Dスキャンが実現した。

この技術を用いれば、例えば火災や自然災害、経年劣化などで作品が破損してしまった場合にこのデータをもとに忠実な修復が可能になる。この研究にあたっては、美術史や美術品の保存に関する専門家とも密接に連携したという。

またスキャンしたデータから立体レプリカを制作することでこれまで近寄って鑑賞できなかった数々の名画に触れて楽しむことができるようになる。もちろん絵画の一部分だけにクローズアップしたモデルも簡単に作成可能だ。
そしてこの技術は特に視覚に障害のある人々に大きな恩恵を与えるだろう。これまでも作品に描かれたモチーフの輪郭を触図として制作し、全体像を伝える試みは行われていたが、絵画の質感を感じとることは難しかった。この技術を応用すれば、触感から得られる情報はさらに多様になるだろう。

研究チームのリーダーであるYi Yang氏は、コンピューター画面でさまざまな角度から見ることができる絵画の3Dモデルは、オンラインの美術教育においても大きな効果を発揮するだろうと述べている。
近年、Covid-19感染拡大により閉鎖を余儀なくされている美術館がインターネット上にバーチャルミュージアムをオープンする動きが見られるが、絵画を単なる画像としてだけでなく、立体的に閲覧することができれば、より作品への理解度は深まるだろう。ひいては障害などで普段から美術館を訪問できない人々にも、絵画の豊かな質感を感じる機会になるはずだ。

Covid-19流行の影響で「触れる」行為が避けられている昨今ではあるが、この騒動を乗り越えた未来には「触れる美術鑑賞」が当たり前になる時代がやってくるのかもしれない。


2020年6月5日金曜日

PS4ゲーム「The Last of Us Part II」は全盲ゲーマーに光をもたらすか。


2020年6月19日、Playstation 4向けに発売予定のアクションゲーム「The Last of Us Part II」に注目している。開発は「UNCHARTED」シリーズなどで知られるNaughty Dog。
全盲なのでスクリーンショットを見られないのが残念だが先行レビュー記事を読む限りアクション性はもちろん演出・視覚的にもゲーム表現の先端を走る大作であることは想像することができる。発売前からすでに期待値も高まっており、先鋭的なアクションゲームとして大きな話題となることは間違いないだろう。

そしてこの作品が先鋭的であるもう一つの理由がある。それが「アクセシビリティ」への取り組みだ。
心身に障害を持っていたり病気やケガで認知や行動に制限があるユーザーがデバイスやコンテンツを利用する上で障壁(バリア)となる要素を軽減しアクセスを容易にするアクセシビリティオプション。WebやPC、スマートフォン、映像配信サービスなどでは少しずつ進められているが、ゲームにおけるアクセシビリティへの取り組みはまだ少ない。
The Vergeのインタビュー記事によると、The Last of Us Part IIには現時点で60以上のアクセシビリティに関するオプションを持っているという。これには画面を見やすくカスタマイズしたり、音声の視覚化、コントローラーのカスタマイズ、時限入力のタイム調整など、視覚・聴覚・運動・認知など幅広い分野にまたがる障壁を解消もしくは軽減させるための内容が含まれている。
さらにIGN Indiaの記事によると、この作品のアクセシビリティ機能に含まれるテキスト読み上げと音声トリガー(画面の要素を効果音で知らせる機能)によって、画面を一切見ることなくプレイすることが可能とのことだ。もしこれが真実であれば、全盲ゲーマーには福音となるだろう。これまでゲームの視覚アクセシビリティ機能といえばコントラスト調整やテキストサイズの変更、カラーパレット変更などロービジョン(見えにくいユーザー)・色覚障害への対応が多かっただけに、全盲ユーザーを想定して制作されているThe Last of Us Part IIはかなり画期的といえる。まあプレイ可能=作品を楽しめるとは限らないのだが、メジャーなゲームが全盲ゲーマーへの最初の扉を開いたことは素直に歓迎したい。

これらのアクセシビリティ機能は、The Last of Us Part IIのゲームシステムにおける最優先事項として開発開始当初から仕様に組み込まれ、さまざまな障害を持つテスターのフィードバックによって繰り返し検討が加えられた。テキスト読み上げやハイコントラストモードといったゲーム全般に影響を与えるオプションを実装するためには、開発の初期からこのような機能を含める必要があったという。

ここ数年でゲームにおけるアクセシビリティの重要性に注目が集まっているが、Naughty Dogはその流れを素早くキャッチし、The Last of Us Part IIに結実させた。ここまで充実したアクセシビリティを実現するためには相当の時間と労力が必要だっただろう。この作品でアクセシビリティの有用性が示され蓄積されたノウハウが今後へ生かされれば、ゲームのアクセシビリティは大きく前進するかもしれない。

まだ発売前で実際のところは蓋を開けてみなければわからないが、視覚障害ゲーマーコミュニティの間でも話題になっており、間も無くその全貌が明らかになるだろう。
Naughty Dogはリリース後もアクセシビリティの改善を確約している。果たしてこの作品が「アクセシブルなゲームの見本」となるのだろうか。全世界から注目されている作品だけに、他メーカーなどゲーム業界全体へ与えるインパクトは大きなものになるはずだ。

なおこれらのアクセシビリティ機能が日本版で利用できるのかについては情報を見つけることができなかった。Playstation 4はシステムレベルでの日本語テキスト読み上げにはまだ対応しておらず、この時点で全盲ゲーマーにアクセシブルとは言い難い。ゲームにかかわらず同じプラットホーム、同じ作品でも地域や言語によってアクセシビリティに格差が生じている問題は解消されて欲しい物だ。そのためにはプラットホームを提供している側の意識向上や技術提供も求められるだろう。


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