(画像引用元)
絵画は、画家特有の筆跡であったり、重ね塗りされた絵具の厚み、カンバスの微妙なテクスチャなどの「質感」を持っている。これらの情報は画像データや印刷物では必ずしも正確に伝えることはできない。
ネットや画集で手軽に世界中の名画が見られるにもかかわらず、美術館の特別展に長蛇の列ができたり、世界中の美術館をめぐる人々が多いのは、そのような理由もあるのだろう。
だがいざ「本物」を見ようとしても、その絵画が貴重であればあるほど作品と鑑賞者との距離は遠くなり、その作品の持つ質感を感じとることが難しくなる。ましてや視覚に障害を持つ人々にとってはその質感を体験する手段は存在しない。
新しく開発された「絵画の3Dスキャン」技術は、リアルとバーチャルでまったく新しい絵画鑑賞の世界を切り開くかもしれない。
米国ペンシルベニア州立大学アビントン校とニュージャージー工科大学の研究チームは、optical coherence tomography (OCT)と呼ばれるレーザー技術を用いて、絵画の高精細な3Dスキャンを実現する技術を開発した。
この技術により、絵画表面の凹凸、つまり筆跡や絵具の盛りといった立体情報を高精度な3Dデータトして保存することができるようになるという。
OCTはマイクロメートルの分解能で画像を撮影できるレーザーベースのイメージング技術。一般的には生物医学の用途で用いられることが多いが、表面の凹凸と下層構造を同時にスキャンすることができることから美術分野への応用が考案された。
だがOCTはスキャンできる面積が非常に狭い。そのため研究チームは移動しながら連続スキャンするロボット技術と、スキャンされた画像をパッチワークのようにつなぎ合わせて補正するソフトウェアを独自開発。これらを組み合わせることで広い面積の絵画の3Dスキャンが実現した。
この技術を用いれば、例えば火災や自然災害、経年劣化などで作品が破損してしまった場合にこのデータをもとに忠実な修復が可能になる。この研究にあたっては、美術史や美術品の保存に関する専門家とも密接に連携したという。
またスキャンしたデータから立体レプリカを制作することでこれまで近寄って鑑賞できなかった数々の名画に触れて楽しむことができるようになる。もちろん絵画の一部分だけにクローズアップしたモデルも簡単に作成可能だ。
そしてこの技術は特に視覚に障害のある人々に大きな恩恵を与えるだろう。これまでも作品に描かれたモチーフの輪郭を触図として制作し、全体像を伝える試みは行われていたが、絵画の質感を感じとることは難しかった。この技術を応用すれば、触感から得られる情報はさらに多様になるだろう。
研究チームのリーダーであるYi Yang氏は、コンピューター画面でさまざまな角度から見ることができる絵画の3Dモデルは、オンラインの美術教育においても大きな効果を発揮するだろうと述べている。
近年、Covid-19感染拡大により閉鎖を余儀なくされている美術館がインターネット上にバーチャルミュージアムをオープンする動きが見られるが、絵画を単なる画像としてだけでなく、立体的に閲覧することができれば、より作品への理解度は深まるだろう。ひいては障害などで普段から美術館を訪問できない人々にも、絵画の豊かな質感を感じる機会になるはずだ。
Covid-19流行の影響で「触れる」行為が避けられている昨今ではあるが、この騒動を乗り越えた未来には「触れる美術鑑賞」が当たり前になる時代がやってくるのかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。