この触時計は1892年、ヘレン・ケラーが12歳のときにアレキサンダー・グラハム・ベルの家で開かれた誕生日パーティーで、元外交官であるジョン・ヒッツからプレゼントされたものです。ヒッツはグラハム・ベルがワシントンに設立した聴覚障害者支援施設「the Volta Bureau」の管理人でもありました。
1860年頃にスイスで製造されたこの機械式の懐中触時計。ケースの外周には、文字盤の時刻の位置に対応したピンが配置されています。時針・分針とピンに触れることで、時計の盤面を見ることなく、おおよその時刻を知ることができるという仕組みです。
触時計と聞くと視覚障害者専用というイメージがありますが、外交官や大使の間では、重要人物との謁見やスピーチの最中でも、視線を時計に移したり音を鳴らしたりすることなく時刻を確認できるため、しばしばこのような触時計が用いられていたそうです。
ケラーはこの触時計をとても大切にし、生涯にわたり愛用しました。
現在この時計は、米国ワシントンにあるスミソニアン博物館の一部である国立アメリカ歴史博物館へ収蔵されており、オンライン・ギャラリーで展示されています。
さて、この時計には一つのエピソードがあります。
1952年1月17日、ニューヨークを訪問した71歳のケラーは、コスモポリタン・クラブから利用したタクシーの中にこの時計を入れたスーツケースを置き忘れてしまいました。同日付けで届出された紛失通知が、American Foundation for the Blindが運営するHelen Keller Archiveに保存されています。
(抜粋訳)ヘレン・ケラーより。グリーン・アリゲーターのスーツケース(レインカバー付き)。衣類と貴重な時計(家宝)が入っています。木曜日の午後、グランド・ジェニアルのタクシー内で紛失。(抜粋訳ここまで)
この出来事はニューヨーク・タイムズをはじめ様々なメディアで取り上げられ、報道をみたニューヨーク質店組合の協力により、紛失の数日後にニューヨーク市内にある店舗へ20ドル(現在の価値で役211ドル/計算元)で質入れされていたことがわかったそうです。
他の紛失物は見つかりませんでしたが、時計はめでたくケラーの手元に戻りました。
この顛末を報じた新聞記事もHelen Keller Archiveで公開されているほか、ニューヨーク・タイムズのアーカイブ記事や当時のニュース音声も残されています。
紛失届に「heirloom)(家宝)」と表現していることからも、ケラーにとって長年の間使い続けてきたこの触時計が、いかに大切なものであったかが分かるエピソードです。
近年では視覚障害者の間でも振動で時刻を知らせてくれるスマートウォッチやボール式の触時計などが人気ですが、針に触れるタイプの触時計も趣がありまだまだ魅力的に感じます。もっといろいろなデザインから選べるといいんですけどね。
このケラーの触時計、復刻されれば視覚障害者に限らず、結構人気が出るような気もします。一生使い続けたくなるような時計に、一度は出会ってみたいものです。
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