2021年7月29日木曜日

英国。音声ガイドの拡張を目指す研究「ENHANCING AUDIO DESCRIPTION」。サウンドデザインの再構築と立体音響で、音声ガイドの「情報量の壁」を克服する。

視覚障害者が映画やテレビといった映像メディアを楽しむ手段として活用されているのが「音声ガイド」です。

音声ガイドは、画面うえにある風景や人物のアクション、衣装などの視覚的な情報を言葉によって記述し、オリジナル音声の「隙間」に音声ナレーションとして挿入します。

この説明をきいた視覚に障害のある視聴者は、言葉からそのシーンを頭の中にイメージすることでその作品を楽しむことができるようになります。


視覚障害者にとって重要な情報入手手段である音声ガイドですが、視覚的な情報を言葉として表現する以上、映像と文字の間にある「情報量の差」という、どうしても乗り越えなければならない壁があります。

音声ガイドはオリジナル映像の時間内に納めなければならないため、場面によっては必要な情報が入りきらなかったり、ナレーションを挿入する隙間が短いなど、説明する情報を取捨選択しなければならない状況が生まれます。どの情報を残しどの情報をカットするかは主に音声ガイド制作者(ディスクライバー)のセンスと経験に委ねられているというのが現状なのです。

この「情報量の壁」を突破し、よりアクセシブルな映像メディアを実現するためには、従来のノウハウに加え、新しいテクノロジーの導入が求められます。


ENHANCING AUDIO DESCRIPTION(EAD)は、英国ヨーク大学のMariana Lopez博士を中心に、Arts and Humanities Research Councilからの資金提供を受け、2016年に発足した研究プロジェクトです。

AEDは創造的なサウンドデザインと空間オーディオによって映画やテレビの音声ガイドの表現を拡張し、オーディオ解説における情報量の格差を縮小することで視覚に障害のある視聴者の映像体験をより豊かなものにすることを目指しています。

EADは以下の3つのアプローチから音声ガイドの拡張を提唱しています。


1.効果音を追加したサウンドデザイン

映像に含まれる効果音は視覚障害者がシーンを理解するための重要なヒントですが、映像として描かれていても音を発さなければ、視覚障害者はその存在を認識できません。余程ストーリー上重要なものでなければ音声ガイドで説明される事はないでしょう。また音声が「BGMだけ」のようなシーンでは、言葉による説明が必要です。

そこでEADは音声ガイドトラックに独自の説明的効果音を加えることで、説明に費やされる言葉を減らすという手法を提案しています。例えばBGMをバックに人物が歩いているシーンでは、足音や樹木の揺れる音、人物の息使いなどを加えることで、情景の様々な部分を効果音だけで表現できます。その分他の要素を言葉で説明できるようになるわけです。


2.立体音響を応用した状況説明

近年ではDolby Atmosのようなあらゆる方向からサウンドが聞こえてくる立体音響を導入した作品も増えてきていますが、まだ多くの映像作品では、登場人物のセリフや効果音は画面の決まった方向からしか聞こえてきません。

EADは立体音響を応用し、セリフや効果音をその音が発せられている場所から再生することで、位置関係や動きなどの空間情報を伝達する手法を提案しています。

複数の登場人物が向いあって会話するシーンやアクションシーンなど、キャラクターの位置関係に重要な意味のあるシーンでは、聴覚から瞬時に位置関係を把握できる立体音響が効果的でしょう。反面、情報量が過多になりやすいというデメリットもありそうです。


3.一人称視点のダイアログ「I-voice」

従来の音声ガイドの解説は原則として客観的な視点から描写することが求められてきたため、感情や心理状態、特定の行動などを言葉として伝えることは困難でした。例えば俳優の微妙な表情の変化から滲み出るニュアンスは、客観的な描写だけでは伝えきれないでしょう。

EADはこのような内面的な情報をそのキャラクターから発せられる「モノローグ」として表現する「I-voice」と呼ばれる手法を提案しています。客観的なナレーションと区別するため、I-voiceにはリバーブなどの音響効果を加えます。


2017年、ヨーク大学、BSc in Film and Television Productionの学生は「Pearl」と題した20分間のショートフィルムを制作しました。この映像には立体音響とI-voiceによるナレーションが加えられています。以下の動画はその予告編です。EADが目指している拡張された音声ガイドの雰囲気を垣間見ることができるでしょう。


Enhancing Audio Description - Pearl Intro (Binaural Mix Plus iVoice) - YouTube


EADの研究は、オーディオフィルム(音声のみで表現されたドラマ)やオーディオゲーム、インクルーシブ演劇、そして2016年に公開されたドキュメンタリー映画「Notes on Blindness]などの作品からインスピレーションを受けています。

研究者はこれらの先鋭的なサウンドデザインを持つメディアと比較すると、現在主流の映画やテレビの音声ガイドはアクセシブルな技術の導入に関して非常に消極的であると語っています。


現状、音声ガイドの多くはオリジナル映像作品とは文理されたプロセスで制作されています。このような状況では新しい技術の導入は困難であり、音声ガイドが内包する「情報量の壁」を解消する事は並大抵のことではありません。

EADは拡張された音声ガイドを実現するため、、映像制作プロセスに音声ガイドの制作工程を組み込み、両者が協調して映像のサウンドデザインを行えるような環境の構築を提唱しています。


この拡張音声ガイド、実現するにはかなりハードルが高そうですが、音声ガイドにもまだまだ進化の余地はあると妄想が膨らむ研究ではあります。いつかは映画館で体験してみたいものですね。


参考:How audio can improve accessibility for TV and film audiences | ProSoundNetwork.com


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